マラガの自転車レース
今朝の朝日新聞に、六本木で開催中のピカソ展関係の特集が出ていた。記者の大西若人さんがピカソの生地マラガを訪ねている。
マラガ・・・ピカソの生地だったことも知らず、通過した。2度も。
子供の小学校のハーフタームに合わせて、2月の半ばにスペインに行くことにしたのだった。
主な目的はグラナダで、最後にセビリアまで足を伸ばした。
出発の前々日、トーマス・クックからEmergencyのファックスが来た。マドリッドからグラナダまでの飛行機がストライキで飛ばなくなったというのだ。
代替え案で最適だった、マラガまで飛び、Hertzで車を借りてその日のうちになんとかグラナダまで辿り着くというコースにした。
最初の予定では朝5時半に家を出る筈だったのが、11時半発。ヒースローそばの駐車場に車を置き、バンでターミナル2まで送ってもらい、イベリア航空にチェックイン。
同じ年頃の子供連れの日本人にバーガーキングで会い、カンタベリーから来たというその家族もハーフタームの休みでスペインに行くということを聞いた。1週間マラガにずっと滞在してのんびりするという。わが家は欲張りな移動型の旅行だったので、うらやましいなあと思ったことを今でも覚えている。
午後7時45分、マラガ着。ランシアを借りて、必死の形相で地図をみて、ICを2回通り過ぎて引き返しつつ、11時30分過ぎ、アルハンブラへ到着。高速道路を走りながら漆黒の空いっぱいの満天の星を見た。
グラナダで3泊して、ロンダへ移動したのだが、一日で動くのは強行軍だったので、Ojenという村の、ミシュランの星のついたホテルに一泊することにした。
アルハマデグラナダでTajoを見て昼ご飯を食べ、2時半頃出発してマラガに着いた。海沿いの道で自転車レースに出くわしてしまい、ストップさせられた。車酔いのひどかった子供がようやく寝てくれたので、そのまま車に寝かせておいて、私たちは外へ出てうららかな陽気の中で、足止めついでに野草をとる人を見たりしていた。
その時、寝ていた子供が車の外へ転がり出て、ちょうどやって来た自転車レースの中へ突進し始めた。とっさに声も出ず、止めに行くにも離れていて、もうダメか、と思った瞬間、そばにいたバイクのおじさんが間一髪、子供をタックルして引き止めてくれた。
泣くのがとまらない子供に、そのスペイン人のおじさんはキャラメロまでくれた。
通っただけのマラガの想い出だ。
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